ホクレン広報誌にエッセイを寄稿しました。
ホクレン広報誌6月号に、エッセイを寄稿しました。
チーズのこえを通じて、社会をかえていきたい。
その思いをまとめました。
——————
ものを売る時代の終焉
昨年5月、道農政部、農水省における15年間の公務員生活に終止符を打ち、日本で唯一である北海道ナチュラルチーズの専門店「チーズのこえ」を立ち上げ、半年が過ぎた。メインストリートから1本入った仲通り、住宅街のど真ん中にも関わらず、おかげさまで、メディアからの取材は今でも途絶えることはないし、近所の方々を中心にしつつも、ワインやチーズの愛好家や、「価値を伝えるとはどうすればいいのか?」と学びにくる農業関係者が、全国から途絶えることはない。
人々は、チーズのこえに、何を求めて来るのか。
いままでの「チーズ屋さん」と大きく違う点は、「チーズ屋だが、チーズを売っていない」ということである。
「なに言っているのだ?北海道チーズの専門店だろう?」
もちろん、チーズは売っている。でも、伝えているのは、チーズそのものの性質だけではない。チーズの作り手のこと、原料となる牛乳のこと、牛が食べる草のこと、草が育つ土のこと、酪農という産業、地域風土、酪農を取り巻く農業政策、世界の食料問題・環境問題など、チーズとつながっている全てのこと。これらに横串を刺し、いろんな事象がつながっていることを伝えることが「コンシェルジュ」の醍醐味である。
生活者は、もうスーパーでの買い物に飽きている。入り口で買い物カゴを手にし、会計をして出口まで、一言も会話をしなくて済む買い物に辟易している。食を通じて、もっと「ワクワク」したいのだ。その食が、誰がつくり、どこで育ち、その買い物をすることで、社会がどうなっていくのか。その知的探求心に飢えている。
しかしながら、「消費者ニーズ」が「365日同じものが、安定した品質、安定した価格であること」ととらえられ、旬とは無縁な世界の裏側から輸入した農産物が売り場に並んでいる。それは、小売にとっての正義であり、消費者ニーズではない。
とにかくチーズのこえでは、お客さんと会話をする。積み重ねることで、その人の家族構成も、好みも全部わかってくる。だから、「顧客ニーズ」を胃袋ごとつかみ、チーズの提案ができる。昔の八百屋、魚屋のような御用聞き。北海道ナチュラルチーズコンシェルジュは、まずチーズを通じて、その役割を担い、社会を変えていきたいと考えている。
食は、単にカロリーを補給するためのものではない。ひとりひとりの知的探求心に応え、農場から食卓まで、川上から川下まで、しっかりとつなぐことで、初めて「満足感」として、心も腹も満たされていく。
食を通じて、「幸せ」を追求する挑戦は、まだ始まったばかりだ。
履歴
帯広畜産大学院修了後、北海道庁入庁。2013年から農林水産省に出向。
2015年退職し、「100年続くものづくり、1000年続く地域づくり」を掲げ(株)FOOD VOICEを設立。「チーズのこえ」立ち上げの一方、公務員時代に培った幅広い見識と、全国にまたがる生産者とのネットワークを武器に、講演活動や地域プランニングのため全国を奔走している。6次産業化中央プランナー、技術士。